オータスクンカウンセリングルーム《大分市のカウンセリング・催眠療法》

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その時の手の暖かさを忘れない《大分市のカウンセリング・催眠療法》

2020-08-04

「その時の手の暖かさを忘れない」

 

大分市の催眠療法・カウンセリング
オータスクンカウンセリングルームです。
 
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早いもので、もう8月になりました。
新型コロナが又 猛威を振るってきました。
いつもと違う夏を過ごすことになりました。ご自愛ください。
 
遠く離れた国、ポーランドは親日国であり、今も両国は強い
心の絆で結ばれていることをご存知でしょうか
その原点は
大正時代のある出来事にありました
 
当時のポーランドは戦争や大国の思惑に、よって悲惨な状態にあり
ポーランド人は家族もろともシベリアなどに送られ、多くの孤児たちがうまれました。
その孤児たちに救いの手を差し伸べ、国内で保護したのが日本です
慰問品・無料の歯科治療・理髪などを申し出る人が多くいて
学生の音楽サークルが慰問で訪れたり
見舞いにきた日本人の子供たちは、孤児たちのあまりにもみじめな服装を見て
自分の服を脱いで与えようとしたり、自分の髪に付けていたリボンや
くしなどを孤児たちに手渡したりしました
 
こんなことは、一度や二度ではなくて頻繁にあったそうです
 
皇后陛下(貞明皇后)も日赤病院の孤児たちを見舞われました。
貞明皇后は3才の女の子を抱き寄せ「大事にしなさい、健やかに育つのですよ」と
おっしゃりながらその子の頭を何度もなぜて慈しみました。
 
当時、孤児だったヘンリク・サドスキさんは「陛下に抱きしめられたことが
忘れられない」と母のような 貞明陛下の姿が今も鮮やかに目に浮かぶと
言っています
 
回復した孤児たちからポーランドに送り届けることになり
出航直前、孤児たちは乗船を嫌がったといいます
 
日本に来るまで人にやさしくしてもらったことがなかった
孤児たちは親身にしてくれた、日本人を彼らの父・母となっていたのです
 
そして、見送る日本人に対して泣きながら 「アリガトウ」 を
何度もなんども繰り返し 滞在中に覚えた 君が代 を斉唱して
感謝の気持ちを表したといいます
 
また、航海中のことです。日本船の船長は毎晩 ベットを見て回り
一人ひとり毛布を首まで掛けては
 
子供達の頭を撫ぜて 熱が出ていないか どうかを確かめていたのです
ある孤児は
 
「その時の手の温かさを忘れない」と回想しています。
 
まだ、話は続きますがこの辺で・・・・・
 
歴史家:服部 剛先生のお話の中にありました。
 
***
 
✤もうすぐ終戦記念日です
✤二度とこない 素晴らしい今日を大切に
✤いつまでも、日本が 世界が 平和でありますように・・・
 

 

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